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前橋地方裁判所太田支部 昭和46年(ワ)9号 判決 1973年11月28日

主文

被告らは原告に対し、金四、〇一二、六八〇円およびこれに対する昭和四五年一月一日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金四、〇九一、七一七円(金四、〇九一、六六七円とあるは誤記と思われる)およびこれに対する昭和四五年一月一日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告栗原真一郎(以下被告栗原という)は、昭和四四年八月一二日午前九時四〇分ころ、被告有限会社長沢家具店(以下被告会社という)所有の普通貨物自動車(六群す六三八八号)を運転し、館林市大字館林二四〇一番地先道路を、大手町方面から大街道方面に向い時速約三五キロメートルで進行中、原告が右側から左側に向い横断しようとしているのを、前方約一四・七メートルの地点に認めたのであるから、ただちに急停車すべき注意義務があるのに、自車が接近するまでに、横断が完了するものと軽信し、同一速度で進行した過失に因り、自車を原告乗用の自転車に衝突させ、原告は、これがため左側上腕骨々折、続発性肩関節周囲炎、左側拇指打撲傷の大傷害を蒙り、昭和四四年八月一八日から二カ月間礫川堂整形外科医院に入院加療を受けたが、現在も全快しない。

2  被告会社は家具類の製造および販売等を目的として、被告会社所有自動車を運転し、会社乗務従事中の事故であるが、被告栗原は、業務上の過失傷害として、昭和四四年一二月二四日館林簡易裁判所において、罰金三〇、〇〇〇円に処せられ、その略式命令は確定している。

3  よつて、被告栗原は、不法行為者として、被告会社は、自動車の運行供用者として、しからずとするも、使用者責任として、損害賠償の責に仕ずべきものである。

4  原告の本件事故によつて蒙つた損害は、左記のとおりである。

(一) 治療費等 金一八五、五二八円(金一八五、四七八円とあるは誤記と思われる)

別紙「計算書」詳記のごとき、入院通院その他の本傷害による損害額

(二) 慰藉料 金五〇〇、〇〇〇円

原告は、本件事故により、入院加療を受け、退院後も回復せず、全快の望みなく、永年勤めた寮母の職も退くほかなく非常なる精神上の苦痛を蒙つた慰藉料として右金額は相当である。

(三) 逸失利益 金三、四〇六、一二二円(金三、四〇六、一八九円とあるは誤記と思われる)

原告の受ける給与は月額金二〇、〇〇〇円で、年額金二四〇、〇〇〇円であるが、ほかに賞与年額金九七、六五五円(下半期四八、六四〇円、全期対象四九、〇一五円)の計金三三七、六五五円である。

原告は、事故当時五〇才なので、厚生省大臣官房統計調査部編「第一二回生命表」によれば、二六・八五年の余命年数で、稼働年数を原告の勤務する訴外モーリン化学工業株式会社(以下訴外会社という)寮母としては、六五才までと考えられるから一五年間と計算してホフマン式計算による年五分の割合の利息割合を控除した総計金三、七〇七、七二二円(三、七〇七、七八九円とあるは誤記と思われる)が原告の得べかりし収入となる。

然るに、原告は本件事故を原因として、右職業を失い、かつ、回復の期待できない状況で収入を得ること不可能なので逸失利益として支払を求めるべきところ、被告会社から休業補償費用として金三〇一、六〇〇円の支払があつたので右逸失利益から右金額を差引いた金三、四〇六、一二二円(金三、四〇六、一八九円とあるは誤記と思われる)の支払を求める。

5  よつて、被告らに対し(1)ないし(3)の合計金四、〇九一、六五〇円(金四、〇九一、七一七円とあるは誤記と思われる)およびこれに対する昭和四五年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項について。

被告栗原が、原告主張の日時場所において、被告会社所有の自動車を運転し、原告との間で、交通事故を起したことは認めるが、被告栗原の注意義務違反あることは争い、その余は不知である。

2  同第2項について。

認める。

3  同第3項について。

責任の点は争う。

4  同第4項について。

いずれも不知である。

三  抗弁

1  自賠法第三条但書の免責の主張について。

(一) 本件交通事故は、昭和四四年一一月一二日午前九時四〇分ころ、館林市大字館林二四〇一番地先路上において、被告栗原の運転する前記車両と原告運転の前記自転車との衝突によつて生じたものであるが、進行路上、原告は道路右端から、左端に向つて突然の横断運転をし、右被告の進行を妨害したうえ、右被告の事故避譲を不可能ならしめた自己の過失により、被告車両に衝突し、よつて身体上の傷害を受けたものである。

(二) 右被告は、被告車両を制限速度以下の時速三五キロメートルで前方を注意し、その運行について注意を怠らなかつたのみならず、本件自動車について、構造上の欠陥または機能の障害もなかつたのであるから、右被告は、原告に対して、不法行為者として故意過失なく、損害賠償の責に任ずるいわれはない。

(二) 右の被告において、不法行為責任のないこと、および自賠法第三条但し書の免責要件ある以上、被告会社は、使用者としてのみならず、運行供用者として、原告に対し損害賠償の責任を負担する理由がない。

2  過失相殺

原告が自動車にはねられたのは、原告は、未熟な自転車運転により、のみならず、突然かつ、無媒な道路横断により右被告の運転する車両に接触したのであるから本件事故の発生については原告にも過失がある。

四  抗弁に対する認否

いずれも否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  被告栗原が、原告主張の日時場所において、被告会社所有の車両を運転し、原告との間において、交通事故を惹起したことは当事者間に争いない。

〔証拠略〕を総合すると本件事故は被告栗原の過失によつて惹起されたことが認められ、被告栗原の供述のうち、右認定にていしよくする部分は原告本人の供述からみて措信しがたいし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

したがつて、右の事実によると、原告主張の1、2の各事実を認めることができる。

二  よつて、被告栗原は不法行為者として、被告会社は自動車の運行供用者として後記の原告の損害に対し賠償の責に任ずべきである。

三  損害

〔証拠略〕を総合すると、原告は本件事故までは毎日モーリン化学株式会社(館林市台宿町七番三〇号所在)(以下訴外会社という)の寮母として勤務し、月額金二〇、〇〇〇円(日給額金一、一五〇円)の収入があつた、ほかに上半期の期末手当月給の二か月分である金四〇、〇〇〇円と下半期の期末手当月給の三・七五か月分である金七五、〇〇〇円の支給を受けていた(ただし昭和四四年一月から同四四年一二月末日までは期末手当合計金九七、六五五円であつた)こと、原告は本件受傷による左肩上腕打撲後遺症、外傷性左肩関節周囲炎のため昭和四四年一一月一二日(事故当日)から同年一一月一八日まで寺内医院に入院し、のち礫川堂医院に転医して同医院に二か月間入院し、さらに、蓮江医院、名倉堂医院、葛西医院等に通院加療したことおよび事故後一年経過した八月ころ出勤したが病状はかばかしからず、やむなく、退職したことが認められる。

(一)  治療費 金一〇六、五五八円

〔証拠略〕を総合すると、治療費として右の合計金額を支出したことは明らかであり、右は治療のため必要な経費と認められる。

なお、別紙計算書のうち一の(一)、(二)(ただし内一、〇〇〇円については当事者間に争いないからこれを除く)、二、三、六、七の各支出については証拠がないからいずれも認められない。

(二)  慰藉料 金五〇〇、〇〇〇円

原告が本件事故により受けた傷害の部位、程度、その治療経過等は前に認定したとおりであるが、そのため原告は少なからぬ肉体的精神的苦痛を受けたことが推認され、原告の右苦痛に対する慰藉料は本件事故の態様等諸般の事情を考慮すると原告請求の右金額は相当である。

(三)  逸失利益 金三、四〇六、一二二円

右の事実によると、原告の受ける給与は月額金二〇、〇〇〇円であるから年収金二四〇、〇〇〇円となる、ほか、少くとも年額金九七、六五五円の賞与を受けており、原告は受傷当時五〇才の健康な婦人であるから二六・八五年の余命年数のあることおよび満六〇才まで働くことができることは裁判所に顕著な事実であるところ、〔証拠略〕を総合すると訴外会社の寮母としては少くとも満六五才までは働けることが推認されるからあと一五年間と計算してホフマン式計算による年五分の割合の利息を控除した総計金三、七〇七、七二二円が原告の得べかりし収入となる。

しかるに被告会社から休業補償費用として金三〇一、六〇〇円の支払があつたので右逸失利益から右金額を差引いた金三、四〇六、一二二円が実質逸失利益である。

四  そこで被告主張の各事実について判断する。

(1)  自賠法第三条但書の免責の主張について。

〔証拠略〕を総合すると、被告らは原告が「道路右側から、左端に向つての突然の横断運転をなし被告栗原の進行を妨害したうえ、被告の事故避譲を不可能ならしめた自己過失に」因る旨力説しているけれども、被告栗原自身自己の非を認めて「私は―道路左側を進んでおりました。そして<1>の地点(館林市館林二四〇一番地の岩上喜一郎方前路上)まで来たとき道路右側の方から道路左の方に向けて自転車で横断中の女の人を発見しました」(甲第一〇号証参照)と既に右被告の事故現場に到達前に原告の道路横断開始事実を認めおるばかりでなく、さらに、「私はそのときその自転車は私の車の前を十分に横切ることができると思いました」(前掲書証)として、「右被告の進行を妨害した」ことを否定しており、さらに、同被告は「その自転車をよく見て速度を調節しながら進行すれば事故がさけられた」旨自認しており(前掲書証)「事故避譲不可能」状態など全く想像できない。

最後に同被告は、結論として「前方を横切る自転車を発見したとき直ぐブレーキをかければ停止し、接触はしなかつたと思います」となし(甲第一一号証)、却つて、事故発生防止可能の方法を陳述しているので、被告らの右抗弁は認められない。

(2)  過失相殺について。

(1) 〔証拠略〕によると、原告は、小学校在校当時から、事故に至るまで、五〇年位自転車に乗つており、事故当時も、会社入社以来日曜日以外は連日自転車通勤であつて、被告が主張するように「未熟な自転車運転」とは到底認めることはできない。

(2) なお、また、〔証拠略〕によると、原告は道路横断に際して、左右を十二分に確めた上で、被告車両の位置からして横断可能と判断し、向う側に到達した瞬間被告車両に追突されたことが認められ、被告ら主張のごとく、決して「突然かつ無謀」に飛び出して、「被告の運転進行を妨害した」事実は認められない。

したがつて、原告には何等過失は認められない。

被告栗原の供述のうち、右認定にていしよくする部分は原告本人の供述からみて、措信しがたいし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

五  以上の事実によれば、原告の本訴請求は、右三の(一)ないし(三)を合計した金四、〇一二、六八〇円およびこれに対する昭和四五年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 多賀谷雄一)

計算書

<省略>

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